オーバーツーリズムという言葉がある。これを日本語にするときに、観光公害という言葉を使う人がいる。なんてことだろうと思う。この言葉がやがて独り歩きして、観光客が増えることを観光公害という言葉で表現していいんだという人が増えるし、その結果観光客のことを有毒ガスのように感じる人が出てくる。

　アホか。

　こういう感覚の人が増えていくのを見ると、本当に日本人の品性はベースが下劣なのかなあと思わずにいられない。かつて日本がバブル景気の頃にたくさん海外旅行するようになって、世界の各地で蛮行を繰り返した。まあ蛮行といってもそんなにひどくはなかったろうけれど、時折観光名所に相合い傘の落書きをしたというのがニュースになって。その昔にはイエロージャップとか言われて。そういうの、嫌だったし、悔しかったし。そりゃあ下劣な日本人もいますよ。でも全員そうじゃないし。全部まとめて日本人はと言われることに、その愚かな日本人に自分が含まれることに忸怩たる思いをした人は少なくないはず。なのに、今多くの人が外国人観光客の増加に眉をひそめたり、観光公害なんて言葉を生み出して悦に入っている。そういうの、なんか嫌だ。

　昨日、家の近くにある紅葉の名所圓光寺に行って。とてもきれいだった。当然写真を撮りたい。誰もがそうでしょう。そんな中1人の人がいい写真を撮ろうとして苔のエリアに片足を踏み込んでいた。「ちょっとちょっと、そこ苔ですよ」と言ってもよくわからないみたいだったので、「It’s mos」というとやっとわかったらしく、「sorry, sorry」と平謝り。OKと言ってその場を離れると、しばらくして追いかけてきて「So sorry, I’m sorry」と何度も謝ってきた。ノープロブレム、もうそんなに謝らなくていいですよ。僕に謝られても僕はお寺の人じゃないし。それに誰にだって過ちはあるものですから。顔つきがアジアンのその人がどこの国の人なのかはわかないけど、どこの人でもどの人種でもいいことで、少なくともその人はもう苔に足を踏み入れたりはしないと思う。

　他のシーンでもそういう行為を目にすることは多いはず。その時にちょっと注意してあげれば済むことなのに、怪訝に思う人はその場では何も言わずに、あとでネットで悪意を書き込むのではないだろうか。全部がそうだとは言わないけれど。その場で直接注意して、ソーリー、ノープロブレム、ドントウォーリーと言い合って握手すればいいだけのことが、一方だけが嫌悪感を持ち続けて、異国でのある行為が駄目なことだとは理解できないその旅人は、理解してないのだからまた同じことをやる。良いことなどひとつもない。

　先日京都のローカルニュースでオーバーツーリズムのことをやってて。伏見稲荷では観光客数が5年前の8倍になってるらしく、そりゃあいつ行っても大混雑だよなあと納得。街の世話役みたいな人が街に落ちてるゴミを拾っては捨てるということを毎日繰り返してるらしいけれど、イタチごっこでとても掃除しきれないと。これもね、ちゃんとゴミ箱を設置すればいいんじゃないかと思う。今日もガイドをやって、待ち合わせ場所に現れたアメリカ人が、子供に食べさせてたアイスのカップをどこに捨てればいいかと言うけど、そのへんにはゴミ箱がなくて。だから常に持ち歩いてるコンビニ袋に入れて、僕が持って歩いてて。ガイドが終わってランチ中でも結局まだ捨てられてない。本当に京都の町並みにはゴミ箱がない。だから捨てられない。ゴミは持ち帰りなさいが原則なのはよくわかる。だけどそれにしてもゴミ箱無さすぎだ。ゴミ処理にはお金がかかるのはわかるけれど、でもどっちにしてもゴミは出るし、どこかで処理しなければならない。人が捨てられたゴミを拾って回収するくらいなら、ゴミ箱を設置すればちゃんとそこにすててくれるし、人件費も少なくて済むんじゃないかと思う。思うだけだけれど。

　その伏見稲荷の世話人みたいな人が啓蒙活動で小学校を訪れて、ゴミを捨てないで的な禁止事項の標識を子どもに作らせる授業をやったらしい。たいした悪意はないんだろうけれど、学校の授業で「観光客が増えてゴミが放置されると困るから捨てないでねと伝えたい」ということを子どもに言う。それで何も考えてなかった子どもが「外国人観光客がゴミを捨てるのか、悪いやつらだ」と刷り込まれるんじゃないだろうかとドキドキする。しかし子どもたちからは「線路のところで自撮りをしたら危ないよ、危険だよ」という標識ができてきて。子供の目線は外国人観光客が迷惑というものじゃなくて、外国人観光客が危険な目に遭わないようにというもので、大人の世話人の人は目からウロコだったらしい。世話役の人が「子どもに教えられた」とコメントをしていた。

　オーバーツーリズムは決して観光公害なんかじゃなくて、ちょっとしたミスマッチみたいなものだと思う。なぜ新型iPhone発売の時に銀座に並ぶ人たちのことをiPhone公害といわないのだろうか。パンケーキ屋に並ぶ若者のことをパンケーキ公害といわないのだろうか。初詣で深夜に明治神宮に集まる参拝者のことを初詣公害といわないのだろうか。言うはずがない。だったら外国人観光客だって観光公害のはずがないじゃないか。人間はすぐに自分たちに都合の悪い何かのことを公害とか決めつけて差別したり悪意を向ける。家電産業が完全に力を失った今、観光は国家的な重要な産業のはず。資源がない国は外貨を稼がなきゃやっていけないのだから。京都のバスが観光客で一杯で市民が乗れないのなら、なぜバスの便数を増やさないのだ。増やせば市民にとっても便利になる。増便することで経費がかかるのなら、例えば市民には市民パスみたいなのを作って、割安で乗れるようにして市民以外の客の運賃を上げるとかも可能なはず。そういうことはしないで、バスが混むから観光公害とかよく言うわ。と、思います。

　最近ガイドをする頻度が増えてきて、有名スポットを案内したりする。できるだけ綺麗な街並を見せてあげたいからそういうルートを選んで歩く。そういう場所は他の観光客にも人気だから大混雑の場所ももちろんある。花見小路は人気のスポットで、写真を撮っても自分たち以外の人が必ず映り込む。雰囲気のある街並で他人が映らない写真を撮りたいのは自然な欲求で、だから細い路地に入り込んで写真を撮ろうとする人が続出したせいで、その界隈の私道では写真禁止となった。花見小路は芸舞妓さんが活動するエリアで、彼女たちの姿を撮影したい気持ちもわかるし、時としてついついタッチしてしまう観光客もいるらしい。そういうことで、写真禁止の看板には舞妓さんタッチ禁止のピクトグラムもある。そりゃそうだ。そんなことをやっちゃいけない。なので案内するゲストにもそのことを伝える。そうすると全員わかってくれる。花見小路のメインの通りは市の道路なので写真禁止ではない。だからここは撮影OKだと教えてあげる。嬉しそうにその範囲の中で写真を撮っている。

　高台寺近くの石塀小路も雰囲気のある通りだ。しかしそこは近年写真撮影が禁止されている。だからそのこともちゃんと伝える。そうしたらちゃんとわかってくれる。OK、写真は撮らないよ。目に焼き付けるから大丈夫だ。そういうやり取りの横でスマホで撮影している人たちがいたりもする。だからといって「ちょっとだけだから自分も写真撮りたいんだよ」と言い出すゲストはいない。どちらかというと僕と同じ立場で「写真撮っちゃいけないね」と言ってくれる。言えばちゃんと通じるんだ。

　オーバーツーリズムは、こちらの受け入れ態勢が追いついていないということに他ならない。能力を超えれば弊害は起きる。何だってそうだ。例えば子育てを母親ひとりに押し付けて、5人の子育てをして家事をして、正社員として働いてシングルマザー家庭を全部ちゃんとやれと言われたらそりゃあキャパオーバーになるよ。その場合、それだけのことをきちんとこなせない母親がダメなのか。親の言うことをきかずに泣いたり騒いだりする子どもがダメなのか。多分違うと思う。オーバーツーリズムの問題もそれに似てて、キャパオーバーになっている状況を改善しないで非難だけしている大人に問題があるんだと思う。行政がインフラを整備して、啓蒙活動をして。京都に外国人観光客が押し寄せて「人が多すぎる、自分の街じゃないみたいだ」とか言ってる人も多いけど、東京なんて日本人だけで多すぎだし、あそこは全体が他所者の街であって、それに較べればまだまだゆったりしてるんじゃないかなあと、個人的には思う。

　観光地にたくさん人が訪れて、人気のスポットには入口で何百人もの列が。ようやく待って中に入っても既に何百人の人がいるし、後から後から入ってくるから混雑して雰囲気がどうとか。それも対処の仕方はいろいろあるわけで。例えば人数限定にして、その代わり入場料が普通のところの10倍近くとか。世界遺産の苔寺も2週間以上前までに往復はがきで予約して、入場料が3000円。宮内庁管理の場所では昨年から桂離宮が予約&入場料制になって。一方では京都御所は数年前に予約不要でしかも入場無料。修学院離宮は無料で予約必要、だけど市内からはちょっと遠い。どのやり方が正解なのかはよくわからないけれど、いろいろなやり方をして、調整をしていけば、どうしても行きたい人は行くだろうし、高いから行かないという人は避けて、そのスポットがオーバーになることは無くなるのかもしれない。

　公害は、排出する何かを処理する能力がなかったり、そもそも処理しようという気持ちがない時に起きる悲劇で、社会全体がそれに真剣に対処することで減らせるし、実際日本はそうしてきたはず。技術も能力も無く、対応しようという気持ちもないのなら、街並や旧い建物の雰囲気の良さに見合った精神がその街には存在していないということでもあり、街が持つ価値に見合った心を住民が持ち合わせていないと白状しているようなものではないかなあと思ったりします。