賞味期限が過ぎたらすぐにゴミ箱へ直行だ。あれだけいち早く手に入れたくて寒空に並んだ新型iPhoneも、新しいのが出たらすぐに機種変だ。した取りしてくれるならいいし、してくれなければヤフオクで。うん、消費ライフ。

　モノに対しての慈しみの無さ山の如し。ん？ちょっと意味が通じないね。失敬失敬。

　だがこのモノが物だけだとは限らない。者への慈しみも失せている。あれほど利用したというのに。

　田母神俊雄氏が金銭トラブルで問題になっている。金銭トラブルかもしれない。だがこれ、何が問題なんだという疑問と、何のための問題なんだという疑問が同時にわく。詳しくは知らないが、彼の事務所の政治資金が使途不明に消えているという。ン千万円、確かに大きい。だがそれは僕の金じゃない。だから正直どうでもいい。消えた金が戻ってきたところで僕のフトコロには1円たりとも入ってこないのだから。では、なんの問題なのだ。個人的に感じるのは、田母神氏が失脚させられるのだなということ。極右のアイコンとしてこの数年日本で存在感を発揮してきた田母神氏だが、都知事選出馬と参院選出馬によって彼の賞味期限は切れたのだろう。誰にとっての賞味期限。さあ、誰だろう。

　問題の経緯として言われているのは、田母神氏の元上官という人の紹介で入ってきた会計担当者が使い込みをしたとか。そういうことはあるだろう。大きなことをする時に１人では出来ないものだ。そこで知り合いが知り合いを呼びチームが形成される。そのチームに入ってくる人たちが純粋な気持ちだけで集まっているのかというとそんなことはまずない。欲や期待に見合うチャンスとして集まってくるのがほとんど。その中に、その動きを一時的に利用しつつも後で失脚させるための地雷を敷設しておく的な存在がゼロだといえるのか。いや、むしろそれがないと考える方が能天気だろう。

　そういえばちょっと前には渡辺喜美が失脚した。起訴にまでは至らなかったが党を失い議員の座も失った。彼もまた、一時期野党の体をしながらも自民政権を下支えをするような行動をとり続けていた。が、もはやその支えさえ必要なくなったからなのか、あっさりと失脚するはめになった。

　ギリギリの政治状況が緊張を生んでいるとき、小さな勢力はキャスティングボードを持ち得る。だから大事にもされる。しかしその緊張が安定に変わった時、小さな勢力はむしろジャマになるのだろう。

　さあ、次は誰の賞味期限が切れていくのだろうか。それは有名な誰かに限らない。無名の、しかし不要な穀潰しが切り捨てられていくのではないか。

　関東大震災を9歳で体験した深沢七郎が『楢山節考』を執筆したのはあながち偶然ではないと思っている。『楢山節考』はいうまでもないとは思うが、姥捨山の話だ。小説の舞台では70歳になると「楢山まいり」に行くのが習わしだという。習わしというのが人をその真意に抵抗しづらくさせるための方便であることは古今東西変わらない真実で、そうでなければ大義のために自らの命を絶つことに嬉々とするはずはない。この楢山まいりもまた、貧しい山村で口減らしをすることで若い世代が生き残ることを目的としている。

　主人公のおりんは楢山まいりを楽しみにしていたのだが、まだ69歳。あと1年は行かなくてもいい。というか、行かないのが楢山まいりの習わしだ。だが、69歳にして行くという。曾孫が生まれるから、家計を考えれば早く行くのがいいと考えるのだ。息子はまだ早いと言うが、母の決意の固さに仕方なく連れて行くことに。

　今の世の中で、家計を苦にして山に捨てに行けと言われて、息子が連れて行って置き去りにしたならば、どうだろうか。ワイドショーは徹底的に叩き、警察は殺人の罪で逮捕するだろう。だがそれは今が比較的裕福だからだ。時代が変わって経済も変化すれば、常識は変わる。山に母を捨てに行くことは美談として賞賛されたとしても不思議はない。

　美談と残虐に評価の差があるのだとしたら、その境界線というのは必ずある。母を山に捨てに行くことを残虐では無いと評価するための経済的な社会的背景というのは、いったいどういう状態なのだろうか。そして、今後未来永劫日本という社会はその境界線を踏み越えるような事態に陥らないと、誰が断言出来るだろうか。

　すでにその兆候はある。経済は疲弊している。アベノミクスとやらで株価が上がっているとかいうものの、新規産業が興らなければ、富を確保することは不可能である。石油などの資源も出ず、新規産業が興らず、サービスの質の高さを誇ろうとしている割には若者の教育が疎かになって末端の現場でサービスに従事する人材のレベルは下がりまくっている。上がった株価で得をしているのは大半が海外投資家。円安の影響で物価は上がるものの、給与はなかなか上がらず、挙句の果てには正社員という働き方を無くすべきという論が堂々とまかり通る始末。

　子育ての現場では待機児童がまだまだ多いという。東京から地方に移住した我が家はなんとか保育園に息子を入れることができたが、関東に住む友人は当然のように保育園に入れることができなかったそうだ。何故なのだろう。小学校中学校は義務だから全員を受け入れなければならないのだが、幼稚園保育園というのは義務ではなく、だから受け入れなければならないということもないらしい。しかし子供を入れることができなければ家庭で見るしかないわけで、当然のように仕事などできない。共働きは不可能になる。それで女性がSHINEなんて言ってるからもうなんだかなという感じなのだが、保育園を作ろうとしても近隣の住民から「うるさい」という苦情が来るから作れないのだと。では住民の激しい抵抗を受けながらも建設を強行している沖縄の基地はどうなんだと思う。地域住民はそこまで激しい抵抗をしているのか？　だが結局、保育園の新設は遅々として進まない。そうこうしている間にも待機児童は増え、育児のためにキャリアを断念する女性は増え続ける。

　そういう話になると「子供を母親が見なくては可哀想」という話が必ず出てくる。しかし、可哀想とかいう話ではないのだ。共働きしないと家計が回らないという世帯は増えてきていて、だから、共働きできないということは生活が破綻するわけで、だから子供を作るのをやめておこうかという選択に流れていく。それは結局国力を失わせていく直接的な原因になっていくのだ。

　姥捨ては目に見えて今そこに在る命を家計のために抹消させるという行為である。その根本原因は家計だ。一方で少子化は目に見えて今そこにはないけれども、経済の問題がクリアされれば在ったであろう命を未然に抹消させるという行為でもある。根は一緒なのだろう。それを社会がどう対処するのかということが問われている。姥捨てを美談として習わし化する社会と、生活のために子供は諦めようという選択を不可避にさせる社会では、基本的な価値感は変わらないのだ。ただ、目に見える命を消すのか、まだ見えていない命を消すのかという違いで。

　それは僕らの感受性の麻痺を映す鏡のようなもので、都会では連日電車が止まる。事故が起きたからだというが、そのうちのどのくらいが人身事故なのだろうか。自殺なのか事故なのかは事故によるが、自殺がゼロということはないだろう。そして、死んでいることは結構な割合で在る。しかしその怪我や事故が目の前で展開されないから、多くの乗客は「ちっ」と舌打ちをして時計を見る。自分が約束に遅れるかどうかが、目に見えない命の抹消よりも重要なのだろう。オレたちに迷惑をかけるなということだろうか。

　それはベビーカーが通勤時間の電車に乗り込んでくることへの不満にも通じる。その命は目の前に在るけれども、死なない分だけリアルな共感ではないのだろう。だがベビーカーが電車に乗れないということは、結局育てにくい社会につながる。それを容認する雰囲気は、保育園が近くに出来ると迷惑と堂々と言っていいのだという雰囲気につながる。結果として、本来ならば生まれて然るべき命を人々が諦めることに社会が流れ込んでいく。

　そういうのはすべて、自分に余裕があるかどうかということと、他者の苦しみを想像出来るかどうかということにかかっているのだと思う。どんなに想像力が貧困であっても、余裕がある社会では人は人にやさしく出来る。裕福な家庭がどうして母親を山に捨てにいくだろうか。一方でどんなに暮らしが貧困であっても、想像力が豊かであれば人は人にやさしく出来る。両方が無くなったとき、人は餓鬼に堕すのである。

　他人を蹴落としてその食事を奪わなければ自分が餓死する。だから他人を餓死させてでも自分が生き残る。もはやそこに他者の苦しみに配慮する余裕はない。その時に豊かな人の余った食事を奪えばよかろうが、豊かな人は貧しい人の隣にはいない。蜘蛛の糸にすがって地獄から脱出しようとしている人の隣には、同様に脱出しようとしている人しかいないのだ。蜘蛛の糸を垂らしている神（？）に「もっと垂らせよ」とデモをしたところで、もっと垂らしてもらえる保証は無いし、デモをしている間に自分と同様の貧者は蜘蛛の糸を登っていく。蜘蛛の糸を登りきって地獄を脱した人は、もはや苦しみから解放されているので、「なんで今さら地獄の人を助けるために自腹を切って糸を垂らさなきゃいかんの」と思うようになる。見えないところでの他人の死に対して「ちっ」と言うようになるのである。

　つい最近、老人は死ぬべきというようなことを政治家が口走ったという。その政治家も十分に老人じゃないかという一点はともかく、その発言に対して一定の理解を僕はする。人はいったいどこまで我欲を貫けるのだろうか。70歳で楢山に行くことが常識だったという小説の世界とは裏腹に、現代はどんどん寿命も延びている。たくさんの管をつながれても生き抜く人はとても多い。それはなんなんだろうかと常々思う。でも、多分自分の親がそうなったら、生きて欲しいと思うだろう。自分がそうなったらどうなのだろうか。だが自分に何本の管をつないで生き伸びるのかということは、結局は経済力と直結するなにかだ。保険の適用を超えた治療をするというのはごく一部の金持ちにしか許されないことだ。重粒子線で患部を叩くことがすべての患者に与えられるのか。不治の病の治療法が見つかるまで冷凍保存されたいなんてことを一般庶民はなかなか考えない。で、脳死だ。脳死が死なのか、心臓死が死なのか。その判定も難しい。結局は、金の切れ目が生死の境になってくる。

　ということは、経済が生死の境ということなのだろうか。今は高齢者が富を持ち、若者には金がないと言われている。その高齢者の金を若者に回してという話にもなってくる。だが、それは結局は姥捨ての思想とあまり変わらない。楢山まいりは70歳を生きる限度とした。しかしそれ以前に自然死を迎える者もいるし、70を超えて健康な者もいる。死ぬべき年齢や、死ぬべき状態を誰が決めることができるのだろうか。

　だが、その先に行き着く世界は、共倒れであることは避けようもない。そして、経済によって早い死を受け入れざるを得ないのは、困窮している地獄の底の餓鬼のような存在の庶民ということになる。誰が助かり、誰が諦めざるを得ないのか。それを一体誰が決めるのか。

　どんな考えも、全員が満足するようなことはないのだろう。憲法の件も、原発の件も、人質の件も、テロの件も。だとしたら、自分はどうするのだろうかと、様々な出来事に際してよく思う。だが、結局は自分の親を習わしの中で思考停止して山に連れて行くことは出来ないだろう。それならば共に餓死する道を選ぶ。実際にそれができるかどうかは別として、少なくともそういう考えを、どんなに貧しても持ち続けられる自己でありたいとささやかながら願っているのだ。

　『楢山節考』の深沢七郎が体験した関東大震災の後、世界恐慌は起こり、ベルリンオリンピックが開催され、第二次世界大戦が始まった。経済は人を狂わせる。その時に人や社会はどうなっていくのか。今のうちから歴史に学んで心構えをしておかなければならないのだろう。

　さっきなんかの記事を見て、こんな言葉が引用されていた。

　《たとえば僕が上司の立場だとして、急遽、重要な案件が発生して緊急会議になるから残ってくれ、と部下に頼んだとします。その返答が「すみません、今日は子供の誕生日なので帰らせてください」だったとしたら、僕はその部下を仕事から外しますね。》

　これは弘兼憲史氏の「育児に熱心な男は出世しない」という記事からの引用である。

　で、僕は思ったのだ。その上司はそもそもたいした部下など持っていないのだと。アメリカのスポーツを見ればわかることだが、スタープレイヤーはいとも簡単に仕事を休む。プライベートが優先なのだ。もちろん程度問題ではあるが、子供が生まれそうだとかいう時には必ず休む。休んで出産に立ち会う。まあ出産と誕生日とはかなり違うかもしれないし、スタープレイヤーの場合は誕生日に子供をグラウンドに呼んで一緒に開会セレモニーに出たりすることもあるわけで、勤めてる会社の会議に息子を呼んでもまったく面白くないサラリーマンとは、まあ一概に比較は出来ないが、で、プライベートを優先して数日試合を欠場した選手が、チームから仲間はずれにされたり監督から能力を疑われてベンチに待機させられたり二軍に送られることはない。

　なぜか。有能だからだ。毎試合誰よりも早く球場に来て練習をこなす下手っぴより、プライベートで試合を休む強打者の方が、やはり打席に送る価値はあるのである。

　また、仕事はメチャクチャ出来るがプライベートを優先したいヤツが「休みます」と宣言したら、上司は飲まざるを得ない。それを注意してプライベートまかりならんと言ったら、その有能なヤツは転職するだろうから。出来るヤツは引く手数多なのだ。その能力を評価して自由裁量も与えてくれるところで働きたいのは人間の当たり前の心情。その裁量を与えないで恐怖政治で縛ろうとする上司に、怯えて付き従うのは他に行き場がない（と少なくとも自分でそう思っている）無能社員ということに自動的になる。

　そういう無能社員が、たいした仕事も出来ずに残業や何やで会社に時間拘束ばかりされていて、なんの効率的な仕事が出来ようや。そしてそんな無能社員が時間だけをただ捧げて付き従っていることに満足する上司になんの創造的な仕事が出来ようや。

　と、思うわけです。

　まあ大抵の仕事なんて人間が生きていくための方便でしかなく、そのためにプライベートを犠牲にするなんて、人生の大半をドブに捨ててしまうようなものだから、早いこと気がついて人生を取り戻した方がいいと思います。

　もちろん程度問題だし、その前提として「自分には能力があるのか」をちゃんと考えて計算しておかないと、ドブに捨てながらもなんとか生きている現実まで捨て去ってしまうことになることはいうまでもありません。