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クオリティ

 今日はいろいろとあった。千葉と韓国から荷物が届く予定で、届き次第作業開始だったのだが、まず、出社と同時に電話。ヤマト運輸から「すみません、配送所の手配ミスで午前着指定のお荷物が別の集配所に送られてしまってて、頑張っても夕方5時から6時くらいになってしまうんです」と。それはマズい。その荷物が届いたら作業をして夕方までに出荷する予定なのだから、5時から6時に届いたら出せなくなるじゃないか。集荷は6時までと決めているのはそもそもヤマトなんだし。
 で、ちょっと文句を言った。「ええっ、それは困ります。その荷物が来ないと今日の仕事がストップしてしまうじゃないですか。なんとかして午前中に届けてください」と。相手困って「1時半に大阪の集配所に着くんです、そこから特配をやって、それでも2時半から3時のあいだくらいにしか」と。もちろんこちらも午前中には絶対に着かないことはわかりきっているのでそれ以上無理なことは言わない。「ではそれで」ということに。ただ、そのことで本日中にすべての作業を終えて発送する予定が出来なくなることも事実。だからといって全部明日発送では困るのだ。結局今日一部を発送して、明日また残りを発送するということになってしまうのだが、その2つに分けることになった送料は一体誰が負担すべきなのか?僕か?いや、今回の件では僕に落ち度は無い。だったらミスをしたヤマトが持つべきなんじゃないのか。そのことを丁寧に説明したところ、了解しましたと。2個目の送料はヤマトが負担しますと。まあ当然だ。当然だとは思うけれども、この当然が行なわれないのが配送業者のほとんどじゃないだろうか。
 まず、午前中指定の荷物が午前には届かない。ヤマト以外では日常茶飯事だ。当然連絡も来ない。以前、午前指定の荷物が来ないのでセンターに問合せをしたところ「お客さんのところ(つまり僕のオフィスの住所)に午前中に配達するのは無理なんだよねえ」と。だったらサービスとして午前指定を受けるなよ。なんだよその開き直りは。またつい最近だが、やはり午前指定の便が朝8時台に来たらしく、不在が入っていた。それが午前10時ちょっと前。僕はセンターに問い合わせしたところ、すでに別の地区の配送をしていると。午前指定にしたのは必要だからなんだよと言いながらも、まあ9時前に会社に行かなかった僕が悪い(何故?)のかもしれないので、じゃあ再配達は最短で何時だと聞いたら、1時半だと。それ以上早くには絶対にならないと。なので、僕は銀行に行くことにした。銀行に行って、12時50分に帰ってくるとまた不在票。おいおい、1時半までに行くことは絶対にないと断言したじゃないか。それでドライバーに電話してどういうことだと問いつめた。すると「電話したんですけど出なかったもので」と。いやいや、1時半までには絶対に無理というから外出したんじゃないか。外出していて電話に出ないのは当たり前だろ。あまりに理不尽なのでかなり怒って話したら、じゃあすぐに持ってきますと。なんだよ出来るんじゃないかよ。
 その他にも、代引きの荷物が届いてもほとんどの運送会社はお釣りの用意がまず出来ていない。それで「細かいのありますかね?」と言ってくる。もし無かったらどうするつもりなんだろう?その点ヤマトはお釣りは確実に用意しているし、そもそも代引きの荷物を届ける時は事前に「これから伺ってもよろしいですか?代引きが○○円になってます」と確認してくる。
 基本的なサービスの質がまったく違うと思う。そんなヤマトでもミスは起こる。もちろんミスは困ったものだが、それでも起こるのだ。問題は起こった後の対応なんだろう。トラブルがあってもきちんと誠実に対応してもらえれば逆に好感度が増すようなこともある。今日の夕方作業済みの荷物を集荷してもらう際、京都のヤマトのスタッフが「なにか今日ご迷惑をおかけしたそうで申し訳ありませんでした。この荷物をこちらの費用でお送りすればよろしいのですか?」と聞いてきた。ちゃんと連絡が通っているということが確認出来る。これがヤマトクオリティなんだろうと思った。送料は少しばかり高いけれども、送る相手に迷惑をかけられないよと思うから、うちではもうずっとヤマトでしか送っていない。こういうクオリティは、発送した相手に対してウチがどう映るのかということのクオリティでもあるのだと思う。

鼻詰まり

花粉症の薬を会社に忘れてきた。そのせいで鼻が詰まっている。
鼻が詰まると呼吸に困る。口を開ければ窒息することはないが、問題がないかというとそうでもない。鼻のあたりのモヤモヤした感じはつきまとうし、口を開け続けてたら舌が乾く。目が覚めた時に舌が化石のようになっていることもしばしばだ。人間の身体は繊細に出来ているとつくづく思う。肉体の一部が損傷して機械がそれを補うことが技術的に可能でも、それはやはり補うにすぎず、完全な回復には程遠いのだろう。
僕が使っているのは市販の点鼻薬。同じメーカーの同じブランドのが二種類あって、安い方を愛用している。一度高い方を買ってみたらまったくダメで、微妙な成分の違いが効果に影響するんだなあと実感したことがある。高ければ効くというのでもないようだ。よく「医者に行って処方してもらった方がいい」と言われるのだが、市販の点鼻薬で効いているのだから別にいいじゃないかと思って行ってない。高い方が良いというのも、医者の方が良いというのも単なる思い込みだと思うのだ。
というわけで、鼻が詰まって眠れずにいる。いつもなら昼過ぎまで寝ていたいなとか、会社に行きたくないなとか思ったりするが、今日は一刻も早く会社に行きたい。そう思いながら布団の中で眠れずにいる。

最近思う政治のこと

 昨年末の総選挙以降政治のことについてまったく書いていなかった。そもそもブログの数が少なかったんだけれども。
 で、今の状況をどう思っているのかを簡単に書きたい。今の政治状況は、閉塞感をどう打破するのかということに対するひとつの答えだと思っている。閉塞感が続くことが不況なのであり、不況はなんとか打破しなければいけない。それは僕も同じ考えだ。しかし打破するやり方というものは個別検討されるべきであり、今の状況はやはり危ういという気がしている。
 閉塞感を打破する為にいろいろなことをぶち上げている。自民が政権を奪還し、アベノミクスという造語が飛び交って、さもいろいろなことが改善しているように見える。だが、これは見えているだけなのだ。いや結果として株価は上がっているだろう、円は安くなっているだろうと言う人も多いだろう。だが、じゃあなにをやったのかということが見えていないのだ。僕が見えていないだけなのか?僕の目が節穴なだけなのか?そうなのであれば喜ばしいことだ。だが日銀の首をすげ替えて金融緩和を大胆に行ない、経済界にニラミを利かせて一部の給与上昇を実現させた。ではその企業は売上がアップしたのだろうか。アップはしていない。それなのになぜ給与を上げて政府に協力をしたのか。正確なことは闇の中だろうが、協力をすることでなにか良いことがあるのだ。そうでなければ、協力をしないことでとんでもない悪いことを仕掛けられるのかもしれない。
 アベノミクスとは何処から来た言葉なのだろうか。レーガノミクスを彷彿とさせる造語で、エコノミクスとアベを組み合わせたものだという説明はもういい。そんなことは判っている。だがそれが数年前から既にあった言葉ではなくて、安倍政権誕生とともにどこからともなく降ってきたように人口に膾炙し始めた。誰が考え、何故広められたのかということである。おそらく電通などが考え、巨大メディアで一斉に使われ始めたのだろう。そうでなければこんなに短期間に広がったりしない。つまり、意図的にその言葉は世の中に送り込まれたのである。ということは、送り込むことで何らかの効果を期待し、その効果で自分も得をするという人たちがいるということだろう。
 それが、この国の支配層なんだと考えている。
 江戸時代には士農工商という身分制度があった。自由平等の社会になり、そんなものはとうに無くなったと思っていた。しかし、世襲によって身分が固定されることが無くなっただけのことで、世の中にはリーダーと指示に従う人が一定の割合バランスで存在しなければならない。被差別階級も昔はあって、何故そんなものがあるのかというと、被差別階級の最下層にいる人たちのプライドの問題なのだろうと考える。そこが「まだ下がいる」と思うことによって社会の治安はかろうじて保たれる。そんなことのために被差別を受けなきゃいけない人はたまったもんじゃないが。で、今のこの瞬間にも士農工商でいう士のポジションもあるし、農も工も商もある。そこにそれぞれがポジションを持って生活をしている。士は自分のポジションを保つ為に一生懸命だし、そのポジションを正当化してくれる社会制度を維持することに懸命だ。アベノミクスはそのために出てきた造語だと僕は思っている。発している人も伝播している人も、安倍という人の人気を高めて政治的安定を与え、その安倍という人が与える地位や禄をより確かなものにしようとしている。末端の人たちがなんとなく生活がよくなるような雰囲気を醸し出す。あくまで醸し出すだけなのだが。
 醸し出しているうちに次の手を考えよう。この国は資源を持たず、エネルギーも食糧も輸入に頼らざるを得ない。だとすればそれを買う為のお金が必要だ。その金はどうするのか。輸出しかない。輸出することで得た金を使って様々な物資を買うのだ。ではその輸出産業はどうなのか。残念ながら現状の見通しはついていない。大手企業の散々な有様には目を覆うばかりだ。しかしながら景気は回復する。そんなことがあるのか?ある。バブルだ。実体経済とはかけ離れたマネーゲームでの繁栄をバブルという。それはこの20年でさんざん学んだことじゃないのか。でも残念ながらその方向にまた進みつつあると感じて仕方が無い。マネーゲームそのものが悪いわけではない。市場は必要だし、そこで活躍するプレイヤーというものも必要なのだ。ユダヤ人は代々そういう役回りをしてきた。マネーゲームで富を得た。だがこの半世紀ほどのマネーゲームは度を越し、さらには昔ながらそういうことをやってきた人たち以外もそのゲームに参入してくる。さらには1人で占める富の量がハンパ無くなってきた。その結果どうなるかというと、市場以外の人も巻き添えになるということだし、その規模が膨張して個人レベルから企業レベル、そして国家レベルでマネーゲームに参入することになるのだ。
 しかし、マネーゲームは博打である。勝つ人と負ける人が必ず出てくる。勝っている間は夢を見られるが、負けたらどん底だ。それを国家がやり始めたらどうなるのか。それはおとっつあんが博打場に入り浸り、勝っている間は家族にお金を持ってくるけれども、負けたら娘が借金の形に売られてしまうと、そんなことになるのではないか。それがいやだからおっかさんがおとっつあんに「もう博打は辞めてくれよ」と懇願する。でも博打にのめり込んだおとっつあんが辞められるものか。今の日本ではおとっつあんが政府である。国民はそれをどうやれば止めることが出来るのだろうか。多分無理だ。選挙で冷や水を浴びせなければそれは無理なのだ。だが士のポジションを維持したい政府とメディアが一緒になってアベノミクスを素晴らしいものと喧伝する。あと半年もせずにその選挙だ。前回の総選挙で非自民勢力を分断した維新の会が、今度は与党のダメな部分をすべて背負って瓦解するだろう。メディアの注目はまたすべてそこに向かい、本当の意味での非自民を結集させることを阻止するだろう。そうして自民の博打は続いていく。と、思う。
 こうなったら自民の博打が未来永劫勝ち続けることを期待するしか無いのだろうが、そうもいかない。いつかは負ける。その時には何が起きるのか。開き直りだ。そして敵を外部に作り、国民の不満の視線を逸らそうとするだろう。つまりそれは戦争だ。戦争によって政府批判など出来ない雰囲気が醸成され、これまでの約束事がすべて反故になり、軍事産業が盛上がる。それはすべて支配層の産業であり、市民の産業はことごとくそのための犠牲になるだろう。これまでの歴史が証明し続けてきたことだ。なぜ戦争が無くならないのか。それは人間の作った社会やルールは完全ではなく、必ずどこかにほころびが生じて、それをうやむやにする必要が出てくるからなのだと思う。
 戦後もう何十年たったのだろうか。この社会はかなり成熟し、硬直してきている。人間ならば動脈硬化しきっているというところだろう。そのツケをどうにかして払わなければならない。そんな時期にさしかかってきているように、漠然と感じているのだ。

忘却

DVDを作っている。息子の成長記録ビデオDVDだ。
 日々、息子の写真を撮っている。iPhoneで撮っている。時には動画で残したかったりするので、やはりiPhoneでビデオを撮る。いやあiPhoneは便利だ。フルハイビジョンの映像が撮れるのだ。昔は640×480の映像だって処理するためにハードディスク数台を使ってRAIDを組んだものだ。それが今ではあんな小さな機械でフルハイビジョンなのだから恐れいる。いつだって持っているから、いつだって撮れる。単体のカメラやビデオを常時スタンバイさせておくのは無理だけど、iPhoneならいつも手近にある。記録には最適なデバイスだ。
 で、今作っているDVDは昨年9月から11月のもの。半年前の映像なのだが、息子が今とはまったく違う。はいはいなど出来ず、寝返りも怪しい時期で、今と比べたら足も細い。その筋肉量では身体も思うように動かんだろうと今はわかるが、当時は頑張れ頑張れと思っていた。努力とか気合じゃないよね、筋肉の発育だよ。出来ない無理というものがあるよ。
 驚くのは、息子がそんな感じだったということを忘れているということだ。奥さんが僕の母に「(僕の)赤ちゃんの頃はどんなでしたか」と聞いた時に母は「あんまり覚えてないとよ」と答えていた。それはもうすぐ80を迎える人の記憶力の為せる技なのかと思っていたが、そうではなかった。人はあっさりと忘れるものなのだ。毎日見てても忘れてしまう。それが良いところでもあるんだという気はするけれど。
 でも、覚えていたいじゃないか。だから、手軽に記録出来るiPhoneのようなデバイスは有用だと、改めて思った。まあ本人にとっては、自分の幼少期の写真や動画がこんなに残ってしまうことが果たして幸せなのかどうなのか、今の僕にはよくわからないのだけれども。
 そんな息子は昨日が生後300日目だった。赤ちゃんの成長はめざましい。大人は毎日一生懸命とはいえ、あんなに成長してはいないと改めて思うよまったく。

もてなし

 今年は京都の桜が綺麗だった。桜の名所はたくさんあって、名所じゃないところの桜もかなり美しい。京都にはいったい何本の桜が植えられているのだろうか?
 そんな京都の桜を見て歩く僕だが、京都に移り住んでまだ2年。桜のシーズンは2回目なのだ。観光で京都の桜はけっこうハードルが高い。休日に限れば年に4日ほどしかチャンスはない。そしてそこをめがけて日本中からやってくる。宿が取れないし、取れてもバカ高い。というわけで、そんなに京都の桜を知り尽くしているわけではない。でも人は僕に桜観光について聞いてくる。住んでるのだから詳しいだろうと。いや、そうじゃないのだ。詳しくなんてないのですよ。でもそうは言いたくないし、ちょっと背伸びして知ったかぶりをする。良いところを案内したいと思って苦労する。
 今年はまず福岡の母が来た。孫に会いに来たのだが、観光もしようと。例年になく桜が早かったので桜も見られるかなと。まあそれは僕が勝手に思ったのだが、それでギリギリまで観光コースが定まらなかった。
 結局、京都御苑北側の枝垂れ桜と、醍醐寺霊宝館の枝垂れ桜を見に行った。ともに見事。こんなに枝垂れ桜が素晴らしいのならと、龍安寺の壁にかかる枝垂れ桜もイイかなと思って勇んで行ってみたところ、まったく咲いていなかった。自然は難しいよ。
 それから二週間ほどして、僕が京都の桜をFacebookに載せていたら、高校時代の友人が京都の桜を弾丸で見に来たいと。スケジュール的に会うことにはならなかったが、僕なりのオススメをいくつか教えた。するとその人のウォールには「感動、ずっとこの景色を眺めていたい」と。その場所はザ観光名所的な誰もが知っている場所で、僕には今さらな感もあるのだが、友人のその言葉を見て、ああ、そんなに気張って穴場をなんて考えなくともいいのかなあと思わされた。
 どんな珍しい場所でも、何度も行けば珍しくなくなる。そうして価値を忘れがちになるのだけれど、初めて行く人にはやはり珍しい場所なのだ。奇を衒わずに、自分が初めて行った時のワクワク感を忘れないようにして考えることこそ、すべてのおもてなしの基本なのかもしれない。
 そういえば遡ること約一ヶ月、思いも寄らず外国人の方を京都案内することがあった。清水寺に連れて行くと、参道の賑わいの段階ですでに「マーベラス!」を連発。花見小路を抜ける時に瓦屋根に飾ってある鍾馗様をリトルゴッドだと教えてあげると、「リトルニンジャじゃないのか??」と大はしゃぎ。楽しめてもらえて良かったよ。珍しいものが良いのではなくて、楽しいことが何よりなんだと、その時も思ったんだった。

暴風雨サンダーロード

荒れ狂う風雨の中、桜の京都を離れ一路三重へ。車は新名神をひた走ったのだった。9日10日と名古屋で仕事のため、奥さん実家の松阪にやってきた。途中サービスエリアでトイレに立ち寄った奥さんはビニール傘を破壊されて戻ってきた。
先々月の終わりにも松阪には来た。その時息子は50日ぶりくらいに会ったおじいちゃんおばあちゃんに抱っこされていきなりギャン泣き。人見知りが始まったんだなと思ったが、今回はほとんど泣かなかった。人見知りの段階をもう過ぎたのか?それともおじいちゃんおばあちゃんのことを明確に記憶したということなのだろうか?まあいずれにせよ成長の証。親も子も祖父祖母もみんな笑顔でハッピーだ。これ以上のことがあるだろうか。
この雨は土曜の夜から日曜にかけてピークを迎えるとのことだったが、すでに上がり星さえ見えている。注意報も解除されたそうだ。明日の日曜はどうしようかなあ。孫のおもりをしたくてたまらない義母に息子を任せて、奥さんとお茶でもしに行こうかなあ。
外出はアウトだと覚悟していた天気予報が外れ、なにかフリーの時間が転がり込んできたような得した気分。やらなきゃいけない仕事もあるけど、こういう時間を大切にしたい。

やらなきゃな

 やらなきゃな。そう思う。
 なにをって、まあいろいろだけど、まだまだ足りないって思う。今日あるバンドが会社にやってきて、この1年ほどの活動報告とぶつかっている壁などの相談をされた。それを聞いていて、僕なりの意見を言わせてもらった。多くのバンドと仕事をしてきている経験から、ほとんどのバンドマンがぶつかっている悩みというのはだいたいわかる。カテゴリー別に分類もされている。その引き出しだけでカウンセリングはほとんどの場合事足りる。経験って大切だ。今日のバンドにも、そういう話をすることができた。約2時間半のミーティング。
 で、目からウロコが落ちたのか、それとも本当は落ちてないのかはわからないけれども、今年一杯の活動方針は大まかに決まったと思う。そんな感じの表情で彼は帰って行った。よかったよかった。これで彼らが少しでも売れて行ってくれれば、それで僕は幸せだ。
 でも、ふと思うのだ。僕は他人にそんなにエラそうに何かを言えるだけの成果を挙げているのかと。いや、全然出来ていない。まだまだ全然だ。レーベルを23年やって来ているという、それだけじゃないか。何かの進歩があったのか?人様に自慢出来る何かがやれたのか。いや、やれていない。もちろん人様に自慢することが目的じゃないし、自慢なんてしなくていいんだけれども、でも自分自身に対して誇れる自分と業績でなければならないんじゃないか。そう思う。切実にそう思う。昨年初めて自分に子供が出来て、カワイイし、遊んでいるといつまでもこうしていたいと思う。しかし、いつまでもそんなわけにはいかないだろう。今はただ近くにいて毎日遊んでくれるお父さんでいいかもしれないが、子供も徐々に外に出ていく。そこでいろいろなことをやりたいと思うだろう。それをさせてあげられるのかオレは。今のままでは出来ることは限られるよ。だからもっと頑張らないといけないと思う。
 音楽業界自体は曲がり角にさしかかっていると言われている。その曲がり角の先にあるものは何なのか、それはまったくわからない。だが、手をこまねいていては何にも始まらない。どんなに最悪の事態になったところで、音楽がまったく無くならないのだとしたら、そこで成功する者はいるということだ。自分がそうなれるのか、それとも負けておしまいなのか。そんなことも考えたりする。
 バンドに対して「成功に向けて頑張れ」という。だが、音楽で食っていけるのはすべてのミュージシャンの中でもごく一握りでしかない。それを目指して「頑張れ」というのだオレは。じゃあ自分が頑張らないでどうする?そう思うのだ。
 まあ音楽に勝ち負けは要らないよという声もあるだろう。だが、負けたら続けてもいけないのだ。バンドは続けられないと解散だし、そしたら応援してきてくれたファンは悲しむことになる。今応援してくれる人を悲しませない為に頑張るということであれば、別に勝ち負けと関係ないことだし、そして続けていく為には、やはり勝たなければいけないと、そういう副次的な意味での勝ちに向けた頑張り、それでいいじゃないか。ましては僕はレーベル運営なのだ。負けたらそこのアーチストが困る(困らない者もいるだろうけど)。だからやっぱり頑張らないといけないのだ、と思う。
 とりあえずは、今やろうとしていることを早めに実質スタート出来るように頑張りたい。そしてその前に、ブログを毎日書けるようには最低でもしていきたい。なんかしょっちゅういってることだから「もう期待してないよ」とか言われそうだけれど。頑張るよとりあえず。

EPLP

 おっと、気がついたらもう前回のブログ更新から1ヶ月が経とうとしているよ。最近はついついTwitterにfacebookでいろいろ言っちゃってるからなかなかブログの更新が出来ないね。写真アップするのも簡単だしなあ。その点ブログはなんとなく面倒だ。ついつい長く書いちゃうし。バンドマンのデモにたっぷり感想を書いたりしているし、こっそりmixi日記も続けているから、そんなに書いてばかりはいられないよ。と、言い訳。早速書きましょう。ブログブログと。
 今日の午前の仕事を終え、昼飯を食った後にRCサクセションのCDを聴いている。なぜかというと友人の命日2日前だからだ。そいつはRCが大好きだった。僕の世代だとRCが好きなヤツは多いんだけれども、ヤツはその中でもRCのことが大好きだったな。一緒に清志郎のソロライブにも行った。いい思い出だ。こんな年齢で故人との思い出にひたってるなんてどうかとは思うけれども。
 で、そんな思い出にひたるなら命日にすればいいじゃないかと言われそうだけれど、残念なことにその日は日曜日なんだな。9ヶ月の赤ちゃんがいる家庭でRCを爆音で聴くなんてことはなかなか出来ない。いや、したくないんだ。せっかくの日曜日は家族と過ごす。楽しく過ごす。死んだ友人より生きてる家族。当然だよ。当然だ。だから、金曜日の今日、会社で午後のひと時にRCを爆音で流す。悼むつもりでRCを聴く。普通のファンなら5月2日の清志郎の命日にそれをやるのだろう。でも、僕は3月17日近辺にそれをやる。墓参りにいくよりもずっとヤツも喜ぶだろう。ヤツって、清志郎じゃないよ、僕の友人。元友人のアイツだ。
 そいつのことをここで説明しても意味が無いのでやらないけれど、そいつは変わったいいヤツだったよ。いつまでもそいつの死を悲しんだりはしないけど、やっぱりちょくちょく思い出すよ。早く死ぬと、同級生にとっては他に死んだヤツがあんまりいないから、思い出してもらえる頻度が高くてイイね。90歳くらいで死んだら、同級生のほとんどはもう死んでるだろうから、誰にも悼んでもらえない。それどころかあの世で同級生の後輩になってしまう。使いっ走りにされるんだろうか。駅前のコーラ買ってこいとか。それはイヤだから、まあ時々こうして思い出しては悼んでみたりしようと思う。ふざけんなお前、先に死にやがってって感じで。
 RCの今日聴くアルバムは、『EPLP』『Marvy』『OK』の3枚。『EPLP』はRCが売れ始めた頃のシングルをまとめたベストのようなアルバム。トランジスタラジオはやっぱり名曲だね。「君が僕を知ってる」も最高だ。『Marvy』はcoversの前に出された2枚組アルバム。でもCDでは1枚で16曲収録。coversの話題性の前に地味な印象だけれど、僕は1番好きかもしれないアルバム。「俺は電気」って曲が好きだね。『OK』はさらにその5年前に出されたアルバム。「お墓」とか「指輪をはめたい」とか「ドカドカうるさいR&Rバンド」とか名曲揃い。
 ヤツの命日とか関係なく、RCはいいよ。でももう清志郎も死んじゃったし、RCを語れるヤツも死んじゃったし。一人で聴くのってなんかつまらないもんだね。だからiPodなんかでばかり聴くのは音楽じゃないって気がするよ。青春時代は友達と一緒にレコード聴けって思う。まあCDでもiPodでもいいけどさ、スピーカーからガツンと音出して聴けって。もちろん48歳のこの俺もまだまだ青春真っ盛りだよ。
 最後にアマゾンのリンクを貼ってみた。アフィリエイトとやらになってるので、うっかりクリックして買っちゃうと僕に小銭が入る仕組みだ。ウザイよね、あざといよね。でもamazonに儲けさせるよりは僕が小銭を稼いだ方がまだマシじゃないか。というわけで、好きにしてください。


Tくんのこと

 Tくんは、高校時代の友人だ。
 正確に言うと、高校時代の友人ではない。同じ高校に3年間通っていたというだけで、そのころにはほとんど面識がなかった。言葉を交わしたことが1度くらいあるだろうか、その程度の関係である。
 そのTくんと僕は昨年秋頃にfacebookでフレンドになった。facebookでは高校の友人とすぐにつながる。芋づる式に。当時から仲のよかった友人も、同じ高校に通っていただけでほぼ他人の同級生も。だが、申請されれば拒否するのもどうかと思う。だって、同級生だよ。同窓生だ。それだけでもフレンドの資格は十分じゃないか。申請されればOKする。で、時々紹介というのもある。それは僕に「こいつは同級生だからフレンドになってつながれよ」ということを示唆する行為だ。でもそれをフレンド申請と勘違いしてクリックすると、僕がフレンド申請をしたことになってしまう。オイオイと思ってももう取り返しがつかない。そいつからは「ああ、大島がおれに申請してきたんだな」という感じに映る。晴れてフレンドが1人増えるわけだが、気分は晴れないね。
 Tくんとはそうではなかった。高校時代に本当に仲のよかった友人がfacebookデビューし、僕のことを発見してフレンドになった。その彼と実際にあった時、彼は「やはり直接会わなきゃだめだ。Tとも今度会うことにしたんだよ」と言っていた。僕はTくんとはそんなに旧知の仲ではなかったけれど、「ああ、そう」などと相づちをうった。すると数週間後に「○○から大島くんと会ったと聞いたのでフレンド申請させてください」とリクエストがきた。なんか不思議な縁だなと思った。もちろん申請に応えた。その後は僕の投稿にも頻繁に「イイね」を押してくれるし、コメントもくれる。僕もTくんの投稿に積極的に絡んでいる。高校の時にはまったく付き合いがなかったけれど、今はすっかり友達気分だ。
 facebookでフレンドになっている多くの高校同級生とは、フレンドになったきり何の交流もない人も多い。それは、かつて高校時代に同じ場所に通っていたというだけの共通項があるだけで、フレンドと呼べるのだろうか甚だ疑問である。Tくんは、同級生であったけれども基本的には他人に等しい存在で、でも共通の友人がいるということで、今回直接の友人になった。正月に東京に行った際にも、共通の友人とTと僕と3人でメシを食った。普段からfacebook上で会話を交わしているからか、久しぶりに会うという気がまったくしなかった。
 僕はfacebookでもTwitterでも、まったく面識のない人と積極的にフレンドやフォロワーになる。実際に知っている人以外とは絡みたくないという人も多いようだが、僕はその考え方がよくわからない。だって、どんな友人も最初は他人なのだ。そういう人と何かのきっかけで知り合って、それほど深い付き合いにならないケースもあれば、一生の腐れ縁になることもある。学校でひとつのクラスに入れられるというのもそれと同じだろう。まったくの他人が、同じ地区に住んでいる同年齢というだけで1年間同じ教室に行くことになっただけのこと。それでも一生付き合っていく友人との出会いには十分なシチュエーションである。それがSNSで偶然に知り合ったということであっても、一生の付き合いに発展することはある。SNSで見知らぬ人とは絡まないと決めるというのは、そんな人たちとの一生の付き合いを自ら放棄するようなものだと思う。
 僕は、facebookで高校の友人とどんどんフレンドになっていくことが今でも嫌いだ。なぜなら、それは単に同級生だったということの確認に過ぎないことが多いからだ。付き合いが現在進行形で深まっていかないのであれば、それは過去の同級生というだけで、友人とはもはや言えまい。フレンドリクエストというのは、フレンドになろう、フレンドであり続けようということの意思表示なのではないだろうか。まったく新しい見知らぬ人との出会いは、学校で同じクラスになるのと同じようなもので、だからそこから急速に仲良くなる場合もあれば、結局疎遠なままでフェイドアウトする場合もある。フェイドアウトの可能性があるからといって、親友になる可能性がゼロというわけではない。だとすれば、親友になる可能性を僕は選びたいし、だから積極的に見知らぬ人とも絡んでいきたいと思う。しかし、高校の同級生という苔の生えたような関係性だけで、30年近く疎遠だった関係がここから復旧するだろうか。それはなかなか難しい。もちろんそれを完全に否定するつもりもないし、閉鎖的なヤツとも思われたくないのでリクエストされれば応じるが、だが3年間同じ所に通い詰めて、それで進展しなかった関係がネット上のやり取りで急に進展するような気はほとんどしないし、実際にほとんどのケースで、関係性はまったく進展していない。
 僕は、Tくんとの出会いは高校の同級生だったからというものでは無いと感じている。それは共通の友人○○から紹介された新たな友人という位置づけだ。たまたま同じ高校を同じ時に卒業していたというだけの他人同士が、○○を通じて引き合わされた。そう考えるととても面白い出会いだったし、これからどんどん仲良くなっていけそうな気がしている。そういう出会いをすることができたというのも、facebookの効能のひとつなんだろうと思う。

上向き

 何となくだが、最近はちょっといろいろなことが上向きな感じになってきた。
 具体的に何がといわれてもここでホイホイ言うわけにはいかない。仕事のことやプライベートのことなど多岐に渡ることがらなので安易に言えないということでもあるし、それに言うことで上向きが止まる可能性もあるし。
 その中のいくつかのことは、人との出会いだ。新しい出会いもあったし、久しぶりの再会もあった。やはり人と出会うと話をするし、話をすれば新しい展開も始まる。新しい展開が始まれば、それが仕事になっていく。一昨年に京都に引っ越し、知り合いもほとんどいない、家族だけの暮らしが始まった。ほどなく子宝に恵まれ、昨年6月に長男が誕生。子供中心の暮らしはどうしても内向きになる。いや、子供のせいにしているわけではない。自分がそうしてきたのだ。子供と過ごしたいから帰宅も早まるし、家族3人の日々が楽しく過ぎていった。
 だが、対外的な動きはほとんどなかったと言っていい。それではなかなか仕事も広がらない。ちょっといかんなと、頭のどこかで考えていた。それでも動きは後手後手に回っていた。
 で、今年に入ってこのままではいかんと思い始めた。子供との楽しい時間も仕事が充実して始めて成り立つことである。そう思っていろいろと動いてみた。それが結果的に良かったんだと思う。
 数組のアーチストと出会うことができた。それは財産だ。そのアーチストの仕事を進めるため、別のアーチストにも一緒に仕事をしてもらうことになった。これも財産だ。昔キラキラでCDを出していたミュージシャンと再会して、これまでやったことのない仕事をする可能性が出てきた。やっぱり財産だ。20数年ぶりに昨年再会した友人と一緒に新しい仕事をする可能性も出てきた。もちろん財産だ。仕事ではないけれど、高校時代の友人とFBでやり取りするようになり、約半年で3回も会うことになった。こういうのも人生の財産だ。
 他にもたくさんある。それを全部言うつもりはないけれど、どれも自分にとってプラスのことだ。人と出会うというのはそれだけで素晴らしい。
 新しい人と知り合うきっかけはなんでもいいんだろうと思う。子供の頃なら同じ学校で同じクラスになるというのが最大のきっかけだ。しかし大人になったら人と知り合うために学校に通い直すというわけにもいかない。でも新しい人との出会いを諦める必要はないと思う。その方法はたくさんある。何も学校で同じクラスにならなくても、人とは知り合えるのだ。
 そんなこんなで、今年は人と出会う1年にしていきたい。もう2月も後半に差し掛かろうとしているタイミングだけれど、そんなふうに今は思っている。