2年くらい前だろうか、武田砂鉄という人がオフィスにやってきた。よく知らなかったのだが、著名な人らしかった。僕のツイートに興味を持ち、雑誌に連載しているコラムの取材ということだった。メタルのTシャツを来たその人はひとしきりアーチストと死亡について話をして、「これからデビッドボウイが訪れたという京都のいくつかの場所に行ってみるつもり」と言って去っていった。

　その人のツイートをその後定点観測するように眺めている。そして今日こんなブログ（？）について「書きました」と呟いていた。

　「​RADWIMPS「HINOMARU」について」

　最近話題の「HINOMARU」（RADWIMPS）についての話だ。どういうことかは知ってる人は知っているなりに、ググる人はググるなりの知識で読んでもらえばよくて、ここであえて説明する気にはなりません。むしろ武田氏の文章を読んで、現象面として知っている断片の知識を補完してもらうのがいいのではないだろうか（僕もそうだったし）。

　この文章の中で気になったのは、RADWIMPSの野田洋次郎という人が思春期を海外で過ごした人だということだった。そうなのか、彼はそういう人だったのか。＜長くアメリカで暮らしていた野田が、「変わった名前、容姿、洋服」などの違いからイジメが生まれる日本と違い、アメリカではむしろ「様々な眼、髪、肌の色、格好、皆微妙に異なる発音、宗教、宗派、名前」など、「違う子供」ばかりで、「共通項を探すほうが難しい」＞と書いてあった。そうなのか、そうなのか。

　日本という国は同調圧力の強い国である。野田の曲を叩くのも賞賛するのも一種の同調である。音楽の仕事をしていて、日本では本当に好きな曲が聴かれているのかという疑問をずっと持っている。チャートに載ればそれを聴く。みんなが聴いているから自分も聴く。みんなが飽きたら自分も飽きる。それでは本当に良い音楽を作って世に問うても誰にも届かないのではないのか。それなら雑誌のページを買い、ラジオのオンエア枠を買い、サイトに広告を出して露出を図った方が意味があるのではないか。良い音楽より、多くの露出だ。それは結局音楽を聴く人を信じないということだし、音楽そのものを信じないということである。だが良い音楽がダイレクトに評価されにくい中で、多くの聴衆はそうなんじゃないかということを否定できる根拠に出会ったことが無い。本当に無いのだ。

　個人的には、「HINOMARU」という曲が嫌いだ。アレはやはりダメだと思う。だから批判もする。しかし、そんな人たちの中から、ライブ会場に行って客に聴くなとアピールしたり、レコード会社に廃盤を要求する人たちが現れているようだ。それはやはりダメだ。野田という人がダメな歌を作るよりもダメだ。言論は暴力であってはならない。ダメな歌だと小さなひとつひとつの声が言う。その声に接した誰かが意識を持ってその歌を検証する。ダメだと思う人が増えるかもしれないし、いやいやダメじゃないよという人が増えるかもしれない。それは「ダメだ」と発する人の言葉や哲学が問われる結果なのであって、大声で圧力として接する誰かを四の五の言わさずにねじ伏せるのはもはや言論ではなくて暴力だ。

　その暴力こそ、同調圧力の根源だ。クラスで教師が権力者として威圧する。リーダー格の生徒数人がひとりをターゲットにして無視をする。閉じた家庭という空間で力の強い大人が子供にプレッシャーをかけ暴力を振るい従わせる。最近も体罰を経て餓死という悲惨な例があったが、そこまで悲惨ではなくとも、普遍的に、大人による圧力が子供を威圧している家庭は多いのではないだろうか。

　子供に「ちゃんとして欲しい」と思う気持ちを否定するつもりはない。だが暴力で従わせるのは、表面的なちゃんとでしかない。そうして力で脅してちゃんとさせることに本当に意味があるのだろうか。

　子供の頃から、学校教育と家庭生活を通じて「ちゃんと」することを学ぶ。それはちゃんとすることで事なきを得るということだ。野田という人が思春期を海外で過ごし、日本に戻ってきて同調圧力の強い社会で何を感じてきたのか。それはとても興味深い。武田砂鉄氏は「謝れ、なんて言ってないのに、謝られるのは困る。」と書いている。その通りだと思う。謝るという行為は、ほとんどの場合とりあえず頭下げとけということだ。その頭を下げるということがこの国のちゃんとした行為だったりする。頭さえ下げておけばとりあえずみんなの溜飲が下がる。時間が経てばまた別の話題に飛びついて、何に怒っていたのかなんて忘れてくれるさ。だから頭を下げておく。反省と謝罪は別のことだ。安倍晋三が「丁寧な説明をしていく」と頭を下げることと同じ。意味が無い。ずるい。

　だが誰もがそうやって表面的に頭を下げることを覚えてきた。それを処世術という。親が子供を腕力で叱って、腕力で敵わないし家出することも実際に無理な子供は謝ることを覚える。その謝ることとは頭を下げることだ。何が悪かったか、親が何に怒っているのかは理解してなくてもとりあえず頭を下げる。ごめんなさいと言っておく。それでその場は収まるのだと知る。そんなのは、教育でもなんでもないのに、そうやって躾というものを重ねていく。

　ちゃんとするってなんだろうか。餓死した目黒区の5歳児は、「もっとあしたはできるようにするから」と書き残した。その「できるように」なった状態とはいったいどういうものだったのだろうか。ひらがなを上手に書くことだろうか。違うだろう。イライラを抱えた親は、どんなに上手に字を書けるようになっても殴るのだ。そうしたら、頭を下げることしかないじゃないか。「もうおねがいゆるして」と書いても許されることの無い地獄は本当にかわいそうだが、あれは、あの家庭だけにあった特殊なことではないように思う。

　僕らは、許してもらうことだけを願って、頭の下げ方を学ぶ人生に生きているのではないだろうか。そのためには自分の考えをいうことをためらうし、自分の考えをいう人を妬んで叩くし。

　写真は今朝の京都大学の百万遍交差点角。立て看板を規制された学生と大学の戦いは続いている。この国の同調圧力を考えれば、反省して看板など出さなければよいものを、学生たちは屈すること無く看板を出し続けている。あっぱれだ。看板の内容はどうでもいい。あそこに看板を出してはいけないというのは、親が子供に対して行なう躾のようなものだと僕は思う。それに従って波風立てずに生きるという人生の過ごし方はもちろんある。一晩で撤去されるものを作って運んで設置し続けるのは大変なことだし面倒だ。だが、そこで黙ってしまったら、それはとりあえず頭下げとくことと変わらないよ。世間の批判にさらされてとりあえず謝っちゃったアーチストのようで。

　アーチストの歌詞を批判するのは良い。看板の中身を批判するのも良い。だが、アーチストの作った曲を廃盤にしようとする動きは、京大の立て看板を撤去しようというものと同じだと思う。それはかつて「イムジン河」という曲が東芝によって発売自粛になったり、RCサクセションの「COVERS」がやはり東芝によって発売中止になったりしたのと同じことではないか。

　ちゃんとする、ちゃんとさせるというのは、そういうことではないだろう。

（今日のBGM:『点と線』ルルルルズ）