今朝は保育園までの川沿いの道を息子と二人っきりで自転車で駆け抜ける。駆け抜ける間、息子はけっこう黙っている。風景を見ているのです。僕が風景の感想を口にする。白い鳥がおるねえ、トンボがいっぱいいるねえ、蝉の声が少なくなってきたねえ、このまま涼しくなっていって、桜の葉っぱが赤くなっていくだろうねえ、今は緑で、川はその緑の葉っぱを反射するからあの辺は緑色だねえ、等々。ホント、今朝は涼しくて、駆け抜ける時の風が心地よくて、嬉しい。いや、それよりも二人で川沿いを駆け抜けられることが嬉しい。昨日息子は風邪で保育園を欠席したから。二人で自転車に乗れることが本当に嬉しい。

　息子はそういう僕の声をしっかり聞いている。時々そんなことをどこで覚えてきたのかと驚くようなことを口にしたりするんだけれども、なんのことはない、それは僕が口走ったことを覚えていたということがけっこう多かったりする。

　一昨日僕の携帯が鳴り、息子が熱を出していると保育園からの連絡。わかりました、これから向かいますと保育園に向かう。その途中で奥さんに保険証のことを聞く。わかった、持って行くと。それで、帰りがけにかかりつけの耳鼻科に寄っていくことに。着いたら奥さんが待っていて、順番も次だという。息子を渡して、診察室に行ってもらう。耳鼻科の先生は「お、お母さんと一緒なんだ、珍しいねえ」と口にする。あとで奥さん、「なんか、チクチク言われた」と不満そう。

　うちは、保育園が僕の職場への中間点にあるので僕が自転車で送り迎えをしている。そういう家庭事情。だからその帰宅途中に耳鼻科に寄ることが多い。というか、ほとんどだ。寄る時は朝から保険証を準備してから行く。必然的に僕が息子を耳鼻科に連れていく。そういう家庭事情だ。だから奥さんが連れていくのが珍しかった。そのことを言われたので、ちょっと不満そうにしていた。

　僕は、「それは、自分が「育児は女性がやるものだ」という【常識】に囚われている証拠なんじゃないかな」と言ってみた。理由は、息子を病院に連れていくのは女性がやるものだという常識に囚われていたら、お母さんが行くのが珍しいという家庭のことを非難する人は出てくるだろう。もしお父さんが時々子供を病院に連れていった時に「お、お父さんと一緒なんだ、珍しいねえ」と言われたとする。その時にお父さんは「自分が育児をしていないと思われた」と考えて不満そうにするだろうか。おそらく、しない。何故か。それは「息子を病院に連れていくのは男性がやるものだと、世の中は思っているに違いない」という【常識】に囚われていないからだ。だとすれば、「お、お父さんと一緒なんだ、珍しいねえ」と言われたお父さんがイラッとしないで「エヘヘ」とか笑っているのと同じように、「お、お母さんと一緒なんだ、珍しいねえ」と言われたお母さんもイラッとしないで「エヘヘ」とか笑っていればいいだけのこと。

　そういうと、ほほう、なるほど〜と奥さんは僕の意図をわかってくれたような感じで、なにをか考えている様子だった。

　僕自身が、息子を病院に連れていくことを僕に押し付けやがってと思っているのであれば、それはそれで極めてプライベートな家庭事情だ。だが、僕自身はそのことになんの不満も持ってはいない。というか、僕が主に病院に連れていっているのは、送り迎えを担当していることの副産物であり、その主原因でもある送り迎えというのは、僕にとって楽しみ以外のなにものでもない役割なのである。川沿いの道を自転車で駆け抜ける。電車の線路沿いの小道を通って、やってくる電車を見て息子とはしゃぐ。途中の道に自動車で売りにくる豆腐屋さんはいないかなとワクワクする。時間があれば神社にたちよって駆け回る。季節の花に目を輝かせている表情をじっと眺める。喉が渇いたと水筒を要求される。くしゃみが聞こえれば自転車を停めて鼻を拭いてやる。保育園で覚えたのか僕の知らない歌を歌ったりするのを聴きながらペダルを漕ぐ。どれも、宝物のようだ。あと3年半程、小学校に入るまではこの生活が続く。だが、たったの3年半だ。その貴重な共同体験をさせてもらえることが、楽しみであっても負担などではない。奥さんには申し訳ないが、僕はうちの家庭事情が僕を耳鼻科引率係にさせていることを、ラッキーだと思っている。

　それぞれの家庭にはそれぞれの家庭事情がある。家庭の構成員がなんらかの不満を持っているのであれば、対処できる範囲で改善していく必要があるが、その家庭事情に対して外部の人が何を思おうが、そんなことに気を遣う必要などは基本的にないと思う。もしもどこかの誰かのヒマ人が個別の家庭事情に皮肉みたいなことをチクチクと物申したとしても、「そーなんですよ、てへぺろ♬」という態度で逆にあざ笑うくらいがちょうど良い。

　道徳の教科書に載っているような模範的な暮らし方など、この世に存在しないと僕は思っているのです。